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自分の歳は自分で決める。成熟世代のアンチエイジングサイト”モンナージュ” 最新号 BACK NUMBER
メッセンジャー
岸朝子 食生活ジャーナリスト
食からアプローチするアンチエイジング
フード
食のエコロジーは 「もったいない」がキーワード

「もったいない」を合言葉に、大学教授だった嘉田由紀子さんが滋賀県知事に当選したのは昨年7月のことです。また、ケニアの前環境大臣で生物学博士のワンガリ・マータイさんは、祖国ケニアでの人権や環境問題に対する貢献により、環境分野ではじめてのノーベル平和賞を受賞した人ですが、「MOTTAINAIキャンペーン」名誉会長でもあります。一昨年の来日時に知った「もったいない」という日本語に、資源に対する尊敬の念を感じたというマータイさんは、「MOTTAINAI」を環境保護のための共通語として世界に広めようとしているということです。

 じつは、私も今年のはじめ、ある出版社から頼まれて「もったいないクッキング」という本の監修をしました。その中で、子どもたちに向けて、ごみはできるだけ出さない、食べ物が残ったらリメイクして食べきる、ガスや水を節約して使うなど、エコロジーな食生活への提案をしていますが、考えてみると、これらは昭和30〜40年ごろの日本では、当たり前にしていたことです。
 昭和30年というと、ちょうど私が専業主婦から編集者へと転身したころのこと。今のようなコンビニやお弁当屋さん、ファーストフード店などはいうまでもなく、スーパーマーケットさえなく、八百屋さんや肉屋さん、魚屋さんなど、だれもが町の個人商店で買い物をした時代です。私も、仕事の都合でどうしても夕飯の支度ができない時には、お肉屋さんに豚カツを頼んでおいて子どもにとりに行かせたりしました。そうそう、魚屋さんが御用聞きに来てくれたりもしていました。
 買った野菜や肉、魚などは新聞紙や経木に包んでもらい、片手に下げた買い物籠に入れて帰りましたし、お豆腐を買うときはお鍋を持って、という具合に、今でいう「マイバッグ」が当たり前。料理したあとにパッケージが燃えないごみの山をなす、ということもありませんでした。声高に「地産地消」をいわずとも、身近でとれた旬の野菜を食べ、材料を無駄なく使いきることに、お母さんたちは知恵を絞りました。口癖のように、「もったいない」と言っていたようにも思います。
 いまさら昭和30年代の生活に戻ろうというのはいうまでもなく無理な話。でも、環境に優しい、エコロジーな食生活を目指すなら、このころの庶民の「もったいない」生活がよいお手本になりそうです。

 もちろん「もったいない」は私の身にもしみこんでいます。食べ物でも、賞味期限が少々過ぎたからといってすぐに捨てたりはしません。自分の舌や鼻をフル活用して、食べられるかどうかを決めています。だって、食べ物ができるまでの生産者の苦労や、「食べることはほかの生き物の命をいただいていることであること」を思うと、捨てるなんてそれこそ「もったいない」ですから。
 「もったいない」はものを大切に思い、感謝する心。私たちがいつのまにか隅っこに追いやり、忘れていた「もったいない」の心を、世界に誇れる日本語として見直してみてはいかがでしょう。


9月末にテレビの収録で訪れた石川県珠洲市で、「珠洲焼き」に出会いました。

9月末にテレビの収録で訪れた石川県珠洲市で、「珠洲焼き」に出会いました。平安から室町にかけて広く使われていた焼き物で、戦国期に忽然と姿を消し、30年ほど前に、400年の時を経て復興されたとのこと。こんな出会いがあるのも旅の楽しみです。

 
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