我々が生活する上で、実に90%もの情報をもたらしてくれる、大事な「目」。できることなら、何歳になっても遠くも近くもハッキリ見える状態を保ちたいものですが、40〜50代になると老眼を自覚し始める方が多いようです。
そもそも「老眼」を始めとする「目の老化」とは一体どういう状態なのでしょう? そのあたりから、取材はスタートしました。
- ある意味、全ての目の病気は「老化」と繋がっていますが、皆さんが一番老化を実感されるのは、病気でもないのに近くが見えにくくなる「老眼」でしょう。日本で一般の方に勘違いされているのは、近視・乱視・遠視という「ピントのズレ」と、毛様体の働きが低下し、また水晶体が硬化してピントの調節力が落ちる「老眼」が、同じ概念で考えられていることです。
日本では何故か「近視の人は老眼にならない」と思われている。そんなことはなくて、逆に近視の人が早く老眼になることもあります。ただ近視の人は、眼鏡やコンタクトを外ずしても近くが見えるため、「近くが見える=老眼ではない」と勘違いされ、老眼が実感されにくいだけなのです。
ここで、老眼に深く関係する目の「調節力」とは何か、簡単に整理してみましょう。
福本先生は「近視の人は老眼にならない」以外にも、日本で信じられている奇妙な概念があるとおっしゃいます。
- 「仮性近視」というのがそれです。「近視」と呼ばれていますが、実際は「調節力」に関すること。お子さんは目の調節力が強いので、近くを見ていると緊張してしまう。そこで目を休めるなど緊張がとれた時に、よく見えるようになると錯覚されるのです。本来「近視」とは、眼球の奥行きが伸びてしまうことで、一旦伸びた眼球は縮まることはありません。ですので、「仮性近視」ではなく「調節緊張」と表した方がいいかもしれませんね。
「近視化は、人間の環境に対する適応だ」という先生もいらっしゃるそうです。
- 近くが見られれば、これからの社会はある意味楽なんです。人類はこれまで遠くが見えないと、動物に襲われるなど、生きていく上でかなり損をしていました。ところが、今はオフィスの中で一日中パソコンのモニターを見ていて、遠くを見ない。車を運転する時だけ、眼鏡をかければいいわけです。近眼で近くにピントが合っていれば、老眼になっても近くが見えるのですから。
でも、パソコンやIT機器が増えて来たのは、ここ10〜20年の話。遠くが見えた方がいいという方は、まだまだ多いわけです。そこで、近視の屈折を矯正するために眼鏡やコンタクトレンズ、レーシックなどの方法があります。
近視には、眼鏡やコンタクトレンズ、レーシックなどの方法があります。そこで、老眼に対しても何らかの方法がないだろうか、という考えが出て来るとのこと。
福本先生に、老眼に対する方法をいくつか教えていただきました。
●モノビジョン
左右の目の度数(近視や乱視の強さ)は全く同じだと思っている方が多いですが、微少なズレ、大幅なズレと個人差はあるものの、基本的には全く同じでない事が多いです。片方の目は近くに、もう片方の目は遠くにピントを合わせるという状態に慣れると、年を取っても遠近両方ともまあまあ見える。これが「モノビジョン」という考え方です。人によって合う合わないはありますが、海外ではモノビジョンが多く使われ、特にコンタクトレンズを使うと便利です。
●遠近両用のコンタクトレンズ
最近は遠近両用のコンタクトレンズが普及しています。これは、遠くから来る光と、近くから来る光を、レンズの屈折率により分けているものです。モノビジョンが遠近1枚ずつなのに対して、遠近両用のコンタクトレンズは1枚で遠近を分けています。
●多焦点眼内レンズ
既に何種類かのレンズが厚生労働省から認可され、遠近両用の「眼内レンズ」が日本でも使用されています。。これはレンズに入ってきた光の屈折率を、70%/30%など自在に曲げられる「多焦点眼内レンズ」です。水晶体が白濁・黄変するのが白内障ですが、その手術の折に入れる人工のレンズは、今までは1つの焦点しかない「単焦点眼内レンズ」でした。「多焦点眼内レンズ」は、目の中で「遠近両用コンタクトレンズ」のような機能を果たし、老眼の方にもとても便利です。
今は老眼になっても、それをカバーできる色々な方法があるのですね。とはいえ、老眼にならずに済めば、それが一番いいのですが……。
老眼にならない方法、老眼を遅らせる方法はないのでしょうか?
- 残念ながら、老眼は誰でもなってしまうもの。腰が曲がりシワができるのと同じように、年を取ると水晶体が固くなり、ピント調節をする毛様体筋の筋力が落ちてきます。不思議なのは、体の老化と比べて、目の老化はそれほど個人差がないこと。45歳くらいになって同窓会に行くと、みんな老眼が始まっているわけです(笑)。
一般的に誤解されているのは、老眼には突然なると認識されていること。そんなことはなく、目の老化は20歳頃から徐々に進んでいきます。ただ、とてもゆっくり進むため、それを感じる人がいないだけです。
この図のように目の調節力は歳と共に下がっていきますが、40歳くらいで「読書に必要な度」より下がるため、老眼が自覚されるようになります。(資料:南青山アイクリニック)
老眼が避けられないものだとは、かなりショックです。ブルーベリーなどの目にいい食べ物や、目の筋肉のトレーニングなど、日常生活の中でできる「老眼防止法」をお伺いしようと思っていたのですが……。
- 目の調節力を回復させるサプリメントとしては、サケやエビなどに含まれる「アスタキサンチン」など色々なものがあり、脚光を浴びて来ています。
確かに摂取することになり調節力を回復させたと報告もされていますが、「○○をすれば老眼にならない」という方法を本当に発見できれば、ノーベル賞ものでしょう。癌の治療や予防法と同様、効く人も効かない人もいるわけです。
目の老化を確実に防ぐ方法はありません。それを理解した上で、仲良く付き合っていくしかない。それには眼鏡やコンタクトなど、色々な方法を駆使することです。使い方を誤らなければ、ストレスフリーで生活できます。
目の筋肉を鍛えたり、食事に気を付けたりと、何か方法があるのだと思っていましたが……老眼は防いだり治したりするものではなく、「仲良く付き合っていくもの」なんですね!
- これからの医療って、全部そうだと思いますよ。
今までは「バイキンと戦う」「赤目を抗生剤で克服する」という見地でしたが、「どういうふうにすれば快適に過ごして行けるのか」を考える時代になって来ました。
老眼と仲良く付き合う方法の一つとして、複数の眼鏡やレンズを使い分ける方法があるそうです。
- 20代の頃は遠くが見えるコンタクトレンズだけを使っていても、30〜40代になると複数のコンタクトレンズや眼鏡を使い分けている方が、たくさんいらっしゃいます。ゴルフに行く時ははっきり見えるコンタクトレンズを使い、日常生活では弱めのコンタクトレンズを使う。ゴルフクラブが1本だけではプレーができないのと同じです。使い捨てのコンタクトレンズもどんどん出て来ているので、片方ずつ違う度数のレンズを入れている方もいらっしゃる。選択肢が増えて来ているのです。
お話をお伺いしていると、そういう方法もあるのかと納得します。30〜40代になったら、複数のコンタクトレンズや眼鏡を用意して、ケースバイケースで使い分けていく。自分はどの状態がラクなのか意識する。それが「老眼」とうまく付き合っていく方法のようです。
老眼のほかに、40代が気を付けるべき目の病気は何でしょうか。福本先生に続けてお伺いしました。
- 一番気を付けて頂きたいのは「緑内障」です。これは、網膜という神経が痛んでしまう病気です。緑内障は一般的に、眼圧が高くなって起こる病気だと思われていますが、正常または低い眼圧で緑内障になる人の方が日本では多いです。
なぜ緑内障に気を付けて欲しいのかというと、かなり進行するまで自分では気付かないから。でも今は、網膜の感度が落ちる前に測ることができるいい機械もできているので、検査で発見することができます。
緑内障が分かっても、きちんと治療すれば基本的には大丈夫。1種類の薬で効果が持続して副作用も少ない良い薬が、ここ10〜15年の間にどんどん出て来ています。手術をしなくても済む人も増えています。
緑内障の予防法はあるのでしょうか?
- ストレスを軽減し血行を良くすれば、予防ができるのではないかと言われています。血管拡張作用のあるカルシウム拮抗剤など、注目されている薬剤はありますが、万人に効いたというデータがない限り、医療保険の適応にならないのです。自由診療で取り入れている医師もいらっしゃるのですけどね。
「隠れ糖尿病」も40代で気を付けるべき病気だそうです。
- オフィスワークが多くて、運動不足の方が多いのでしょうね。糖尿病は、ある程度までは視力に影響がないのですが、ある段階を越えると、血糖値が良くなっても網膜がどんどん傷んでいってしまう。網膜の真ん中が傷んでしまうと、見え方が不快になります。網膜の中央が傷んでいる状態で1.5見えても不快なのです。どこが傷むかによって、天と地ほども差があります。
緑内障などの病気を発見するためにも、乳癌検診などのように定期的に眼科に行き、異常がなくても診て頂くことは大事なのでしょうか。
- そうです。当院では眼科ドックを受ける方が多いのですよ。緑内障は自分では気付けないので、検査を受けることはとても大切。20代に比べれば、誰でも網膜の感度は落ちていきます。それがどんどん進んでいくのが緑内障です。緑内障の進行を防ぐには、眼圧を下げるという対処療法しかない。今は効果のある薬がありますので、早い段階で投薬することが必要でしょう。理想としては、1年に1回眼科ドックを受けられるといいと思います。
モンナージュでは予防医学として「アンチエイジング・ドック」を推奨していますが、眼科ドックも予防医学的には有効でしょうか。
- 有効です。眼科ドックで角膜内皮を測ったり、視野検査をしたり、将来的にはOCT(光干渉断層計:眼底の断層写真を撮る機械)で神経の厚さまで測っていけば、かなり色々なことが分かるでしょう。
眼科ドックは注射したり組織を取ったりといった痛い検査はしません。様々な検査機器で目を観察していくだけなので、気楽に受けて頂きたいです。ただ、目薬をさして目の奥まで見るため、検査後3〜4時間は目がぼーっとします。
自分の目がどういう状況にあるのか知るためにも、気軽に眼科ドックを受けてみたいですね。
「老眼は誰でもなるもの」と認識した上で、目に負担をかけないような生活を送りたいものです。そのためには、福本先生は下記のポイントが大切だと教えてくださいました。
・目を乾燥させないこと(1〜2時間に1回目薬をさす)
・自分の目に合った、楽な眼鏡やコンタクトレンズを使うこと
- パソコンを見て能動的に仕事をしている時に、目が乾く人が多いのは、瞬きの回数がとても減るからです。パソコンが置いてある部屋は、エアコンがきいていて乾いていることが多いのも、ドライアイの原因の一つ。また、パソコンは長時間見ていることが多いのと、高い位置にあることが多くて目を見開いて見つめるため、乾いてしまうのです。ですので、見下ろすような位置にパソコンを置き、水を飲むような感覚で1〜2時間に1回目薬をさすといいでしょう。そうすると、水を飲んで体がホッとするのと同じように、目もホッとします。常用するなら、クール感などの刺激(血管収縮剤)のないもの、可能であれば防腐剤の入っていないものを選ぶといいでしょう。ヒアルロン酸が入っている目薬だと、ヒアルロン酸1gで1000倍以上の水を吸着できますので、保湿効果があります。
遠くをみることもいいですよ。目がストレッチして、リラックスします。夜、目薬をさしてから寝るのもいいでしょう。目薬は涙の成分に近いものであれば、市販のものを常用しても大丈夫です。太陽の下では、サングラスをかけて紫外線から目を守るのもいいでしょう。帽子は真上からの太陽しか効果がないようで、目の紫外線保護にはあまり有効ではないようです。地面からの照り返しなどから目を守るには、目を覆うようなサングラスが必要です。ただ、暗いサングラスだと瞳孔が大きくなり、横からの光が入りやすくなる。暗いからいいわけではなく、紫外線カットのサングラスであればいいわけです。
白目の表面(結膜)にある組織が増殖して、黒目に侵入する「翼状片」という病気があります。これも加齢の変化と言えますが、原因には乾燥や紫外線も関係しています。ですので、目を乾燥させないこと、紫外線から目を守ることが大切になります。
自分の目に合った眼鏡やコンタクトレンズを使うことも大切だそうです。
- 「眼鏡をかけたら近視が進むのではないか」「眼鏡をかけたり外したりしたら近視が進むのではないか」「眼鏡をかけないと近視が進むのではないか」というように、色々な考えがありますが、ほとんど差はありません。
視力は足の大きさと同じです。ちゃんと合う靴を履いたから、足が大きくなったり小さくなったりするわけではない。大きくなっていく足に合わせて、靴を買い換えて行くしかないんです。ただ、合っていない眼鏡をかけるのは良くない。
目は調節機能が働いているため、目をよく使った夕方に眼鏡を作りに行くと、普段よりも近視の状態になっています。そういう状態で眼鏡を作ると「過矯正」の眼鏡になってしまう。眼鏡は朝や目が疲れていない時に作りに行った方がいいです。
そしてきちんと、何回も測ることが大切。1回のデータを信じてはいけません。当クリニックでは、1回だけのデータで手術することはありえません。走り幅跳びだって、日によって記録が違いますよね。それなのに、みなさん何故か「視力は安定している」と勘違いしている。人間の視力は、10秒間でも10倍違うこともあります。1回瞬きした時に1.5見えていても、5秒後には0.1まで落ちている人もいる。それを「実用視力」という概念で測れる機械も出て来ています。
眼鏡をかけた時の、瞬間最大の見え方が正しいわけではない。どれだけ楽に見えるかが、一番大切です。
「楽に見える」よりも、「はっきり見える」方に、ついウェイトを置いてしまいがちですが……。
- それは、強い刺激を求めるようなものです。初めての眼鏡が強い眼鏡で、それに慣れてしまうと、塩辛い味に慣れるのと同じことになります。一旦塩辛い味に慣れてしまうと、薄い味では物足りなくなる。だから、最初の眼鏡選びはとても大切。少し弱いくらいでいいのです。
また、日本においては「1.5」や「1.0」などの数字が独り歩きしているという問題もあります。手術をしてとても良く見えているのに、測ってみたら「1.0」だったと、ショックを受ける方がいらっしゃる。数字にとらわれ過ぎです。「1.0」というのは、一番遠くを見た時の視力なので、軽い近視でも近くは問題なく見えるわけです。日常でずっと遠くを見ているわけではないので、「1.0」見えていなければ目が疲れる、ということはありません。
また、「1.5」見えていればいいと思われていますが、時速150〜200km出る車が常に必要ということはありませんよね? 走行が安定していて居住性がよく、壊れない車。それと同じようなビジュアルライフを目指すべきでしょう。
しかし一般の人は、どうしても視力の「数字」にしばられているようです。
これが「見え方チェックシート」。Excelで作れそう。
- 特に、片目の視力にとらわれすぎのようですね。例えば右が0.8、左が0.8見えていたら、両眼で1.2見えることがある。両目で見ると共同作業になるため、片目の時よりも度数は上がるのです。実用の時は、両目でどれだけ楽に見えているかが大切。なのに、コンタクトレンズや眼鏡を作る時には、片眼の視力にばかり合わせるところが多いでしょう。
ただ、特に幼い時は片眼ずつの視力をきちんと測ることが大切です。両眼で測ると、片眼が見えづらいことに気づかず、それが原因になって弱視になってしまうことがあるからです。両目での見え方が自然なのは大切ですが、病気を見つける意味では片目ずつ測ることが大切でしょう。
目の調子が悪いと思ったら「見え方チェックシート」で調べてみるといいでしょう。10センチ四方の枠の中に5ミリの方眼が描かれ、中央に黒点があるシートです。片目ずつ中央の点を見ることで、黄斑の異常(網膜の腫れや出血など)に気付きやすくなります。腫れていたら、線がゆがんで見えます。